長い間、同じ価値観の中で過ごしていると一つの考え方に染まってしまう。
異なる考え方をする人に対してすぐに反発を覚えるようになってしまう。
自分の考えと異なる意見を言う人がいても、すぐさま反発しない。 反発したくなったら、その根拠をじっくりと考える。 心をオープンに持つのだ。
What you are talking is just an impossible dream. Don't wait. Move your ass.
長い間、同じ価値観の中で過ごしていると一つの考え方に染まってしまう。
異なる考え方をする人に対してすぐに反発を覚えるようになってしまう。
自分の考えと異なる意見を言う人がいても、すぐさま反発しない。 反発したくなったら、その根拠をじっくりと考える。 心をオープンに持つのだ。
金魚のルーツは、中国の長江流域。
その辺りでもっともポピュラーな魚は、銀色のフナだったそうだ。
それが約1600年前、ここで一匹の赤いフナが見つかった。
村人は赤いフナを神のつかいだと信じ、宮廷に献上する。
それから500年、代々宮廷に受け継がれてきた赤いフナの子孫がさらなる進化を遂げていく。
尾が二つに分かれ、一層華やかな姿に変わったのだそうだ。
人々はこれを、金運をもたらす魚、チンユイと名付けた。
金魚が、日本に渡来したのは室町時代。
江戸時代には、
すでに広く庶民にまで愛される存在になっていた。
これが金魚の歴史だそうだ。
絵の中の人物が覗き込んでいるのは、大きな焼き物の器。
現在のようにガラスの水槽が無かった時代、人々は常に金魚を上から鑑賞していた。
これを「上見(うわみ)」と言い、
中国で誕生して以来、金魚は「上見」にふさわさしい形に改良されてきたのだ。
おなじみのデメキンも、上から見たときのおもしろさを追求して改良された金魚。
飛び出した目が、中国の皇帝のシンボルである龍を彷彿とさせることから「龍晴(りゅうせい)」とよばれ、珍重されてきたそうだ。
そして左の画像だ。(今度はでかすぎるな)
これは、究極のデメキン頂天眼(ちょうてんがん)。
デメキンの目玉を上から見たいと考えて作られた金魚。
何代にも渡って、小さな穴を開けた瓶の中で育てられてきたため、こうなったそうだ。
・・・・
僕には金魚の良さはよく分からない。
この頂天眼などただの奇形魚にしか見えないし、どちらかというと気味が悪い。
そしてほぼ上しか見えないであろうその姿に深い憐みを感じてならない。
突然変異の赤いフナさえ現れなければ、
もしくは人間の手に侵されたのが運の尽きだったと思うしかないのであろうか。
この本に書いてあることは広告業界だけでしか適応できないような狭いモノではないと思う。
コミュニケーションというのは僕たちに欠かすことのできない能力であり、それをデザインするにはどうすればいいのか。
そういう見方で読むのも面白いかもしれません。
・誰をどうしたいのか、その為にはどうすればいいのか。
・コミュニケーション・デザインでは、本質かつ正論と徹底的に向き合うスタンスでプランニングを行います。
・“思い込まず、自分の肌感覚を疑っていく”。この視点が今、極めて重要なのです。
・コミュニケーション・デザイナーには、鋭い肌感覚とともに客観的データを読み解く力、そして今の空気を正しく読み取る力が必要とされるのです。
・クライアントから提示される課題に対して「なぜそのような課題になったのか」、また「その課題に応えることで本当にクライアントの求める成果をだせるのか」について改めて考えることも私たちの大切な仕事になってきています。つまり、オリエンテーションを疑ってかかるということです。少なくともクライアント以上に世の中のことを知る努力をして然るべきであり、そういった知見からクライアントの課題の本質を見極める能力が「クライアント・インサイト」なのです。
・最も大切なのが、テレビCMやWEBといったメディア(手段)から考えないということです。私は広告コミュニケーションを展開した後、誰が、どのような状態になっていることで課題が解決されるのかというゴール・イメージから逆算して考えるようにしています。
・仕組みでなく気持ちをデザインする。
・最終的に“人が動く感じ”がコミュニケーション・デザインにとって一番大切なことであり、厳密に定義しなかったのも、人それぞれのやり方、考え方があってしかるべきだと思うからです。
・「圧倒的に“面白い”モノ(情報)」。これこそ、私がいま強く興味を持っているものです。時間争奪戦が激化し、広告は今まで以上にコンテンツに近づいていかざるを得なくなってきていると思います。
・コミュニケーション・デザインに一番大切なことは情熱